石本藤雄と日々の暮らし 5(マリメッコ篇)

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石本藤雄と日々の暮らし 5(マリメッコ篇)

マリメッコのデザイナーとして活躍した33年間

当時、マリメッコ本社があったのはヴァンハタルヴィティエ通りで、精肉工場とソーセージ工場のある建物の上部4フロアを占めていました。さらに、通りをはさんでハンドプリント工場も。こうしたマリメッコを統率するアルミは、常に背筋をぴんと伸ばして仕事に没頭、社内でもめごとが起こると「どちらも悪い」と一蹴するなど、凜とした人物でした。と同時に、社員思いの人物でもありました。

「夏至の時期の週末になると、アルミのサマーハウスに社員を招いてくれました。ヘルシンキから1時間ほどのポルヴォーの街です。皆と楽しくお酒を飲んでいると、いつしか音楽が流れてきて、屋外でのダンス大会が始まったりもしました。『さあ、踊りましょう!』と声をかけてくれたのもアルミでした」

「サマーハウスに集ったアルミの親友には著名な俳優もいて、前夜祭の焚き火の後、静かな森のなかで大女優が朗読する詩を聞いたりもしましたね。

1976年、マリメッコは25周年を迎えます。このとき社内のデザイナーを紹介するパンフレットとポスターが制作され、石本さんについてアルミは、「地球のどこで暮らそうと、そこが自分のホームグラウンドであるかのようにくつろげる人物で、「「創造活動においては、決して妥協を許しません」と記していました。アルミの文章の一部をご紹介しましょう。

「石本藤雄のデザインは、徐々に使い手になじみ、次第に親密な間柄を築いてゆくように考えられています。彼は異なるふたつの色彩世界の持ち主です。ひとつは、ブラック、ブラウン、グレーの色彩からなる世界。もうひとつは、鮮やかな純粋色からなる万華鏡的な世界。Fujiが創造する世界は、厳しく慎ましいと同時に、陽気で、喜びに溢れているのです」

Courtesy of Fujiwo Ishimoto. マリメッコ25周年を機に製作されたデザイナー紹介のポスター。

マリメッコでの石本さんの活躍は、定年退職する2006年まで。30年以上、幅広い表現に取り組み続けていたことには驚かされるばかりです。たとえば、1973年、マリメッコ社員となる機会を得た提案は、リサーチで訪ねたポーランドのザリピエ村で出会った風景でした。村で感じとった空気が色とりどりの油性マーカーで、伸びやかに描かれていました。

1970年代には夏至祭にちなんだデザイン「セブン・フラワーズ」も手がけています。フィンランドでは夏至祭前夜、7種類の草花を枕の下に敷いて寝ると、将来の結婚相手が夢に現われるという言い伝えがあります。アルミから受けとった野の原をはじめ、自ら摘んだ草花からイメージを膨らませた赤、青、黄の花束のデザインも、話題となったひとつです。
愛媛で目にしていた風景を繊細なクレヨンタッチで表現したデザインもあります。畑仕事を手伝っていた幼少時代、休憩時間になると草むらにごろんと寝ころがって空を眺めていたという、自身の記憶から生まれたデザインでした。

フィンランドの湿地や森に着想を得て、苔むした茂みを描いたデザイン群「マッタイラ」。休息という名の「レポ」。草をモティーフに、色の異なる細い線の重なりで描写した「マイセマ(風景)」など、自然をモティーフとした石本さんのデザインは、私たちの心をとらえ続けているものばかり。

クレヨンの異なる色の組み合わせで四季を表現、当時のテキスタイルプリントの常識を覆す12色の配色を生かした「マイセマ(風景)」も代表作。です「より自由なデザインを」との発想で、全長15メートルに及ぶテキスタイルひと巻き分、柄の繰り返しが全くない斬新なデザイン「コスキ(渓流)」も実現されています。

©Marimekko. Courtesy of Fujiwo Ishimoto.

アルミ・ラティアの存在があったからこそ誕生したマリメッコ。彼女の熱意に包まれた創造の現場で、プリントの最新技術を把握したうえで、自由に、のびのびと、デザインの冒険心も忘れることなくテキスタイルの可能性を広げ続けたのが石本さんでした。実現された石本デザインは400あまり。どれもが、私たちの日々の時間に輝きを加えてくれる、まさに生活のアートです。

Courtesy of Fujiwo Ishimoto. マリメッコの工場で、プリント前の真っ白なテキスタイルと共に。

マリメッコでの日々を、石本さんはこう振り返ります。
「創造の上では、どこまでも自由でした」


次回につづく

タイトル下の写真:(c) Marimekko.Courtesy of Fujiwo Ishimoto.  石本さん所有のマリメッコのカタログの一ページ。1982年に手がけた「マイセマ・コレクション」。

文:川上典李子
川上典李子(かわかみのりこ) ジャーナリスト。デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立、デザイナーやアーティストの取材を続け、デザイン誌をはじめ「Pen」「Figaro Japon」「Vogue」等にも執筆。2007年より21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクターとしてデザイン展覧会の企画にも関わっている。武蔵野美術大学 客員教授。

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Photo: Kenichi Yamaguchi

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