石本藤雄と日々の暮らし 7(アラビア篇)
2022.08.26
- Story
色彩豊かな花々や果実。陶の作品は日本での個展でも紹介に
マリメッコを定年退職したのは2006年。8名の作家で構成されるアラビアのアート部門の一員となり、アラビア本社の9階に設けられた同部門での工房を制作拠点として、陶芸作家としての本格的な活動がスタートします。アラビアのプロ・アルテコレクションのように同社で量産される陶磁器のデザインも時に手がけながら、自身の作品に没頭する毎日の始まりです。
「つくるものの表情に興味があって、このことはテキスタイルでも陶器でも同じです。ただ、テキスタイルはチームワークで、陶芸は私自身の土との対話。布と陶では大きく異なりますね。陶芸では、私ひとりで何ができるのか、そのことを試みてみたいと思いました」
「また、粘土というのは一度手をつけると止められないものなんです。仕上がりまでめんどうを見ないとならないので、少しも放ってはおけません。また、アラビアにはアラビアの色のパレットがあります。どう組み合わせるのか、色の検討にはやはり時間がかかり、悩むこともあります。同じ色をまた使ってしまうのはつまらない。そうやって工房での時間が過ぎていきました」
「前回、マリメッコ時代を振り返って、創造の上ではどこまで自由だった、と言いましたが、アラビアはそれよりもっと自由でしたね。仕事での制作もしましたが、さあ次は何をつくろうか! といった自分自身の創作の時間がたっぷりありました」
こうした取り組みの結果として、緑、朱色、ピンク、黄色など、石本作品の魅力である豊かな色彩が陶の作品でも実現されていることを知ります。光沢やつや消しといったテクスチャーでも積極的な試みが重ねられてきました。予想もしなかった色や表情も受けとめ、冷却する過程で生じてしまった亀裂も作品の表情として取り入れるなど、すべての過程が土との対話。瞬間の表現となるのが石本さんの陶の世界なのです。
これらの作品が日本で初めて紹介されたのは2005年のこと。東京都内のギャラリー TRYで四季の大皿が紹介され、2007年には花々の作品でも注目を集めました。さらに2008年と2010年のスパイラル(東京)、三菱地所アルティアム(福岡)の個展を経て2013年、満を持して故郷の美術館での個展が開催に。愛媛県美術館での「石本藤雄展 布と遊び、土と遊ぶ」です。2018年には「石本藤雄展 —— マリメッコの花から陶の実へ ——」と題する展覧会が愛媛、京都、東京で開催され、話題となりました。
これらの個展では、石本さんが幼い頃に野山で出会った花や実(み)の記憶をインスピレーションの源とするさまざまな表情の作品が目にできました。実の作品から例を挙げると、みかんやブドウ、梅や南天、瓜やカボチャ、いちじく、秋茄子など。どれもみずみずしく、思わず触れてみたくなるほどにふっくらとして、穏やかな表情。季節の香りが伝わってくるかのようです。
「子どものとき、実家の庭にあったヤマモモの木に登って、その実をとっては食べていました。手にとったときの感触や味わったときの記憶はいつまでも忘れませんね」
「土というのは、フレキシブルですが、難しい素材です。制作する過程でもどんどん変化していって、同じ表情は二つと生まれません。だからこそおもしろいんです。最高の表情が生まれた瞬間をどう留めることができるのかも勝負です。『後でもう一度』というのはないですからね」
アラビアでの制作活動は2020年8月まで続けられました。50年に及ぶフィンランドでの経験を大切にしながら、石本さんが制作の次なる場に選んだのは、故郷、愛媛の地。ここでもまた、陶土を素材にかたちづくりながら、色の選択に長い時間を費やしています。
「焼物の表現というのは、常に色とのかけあわせです。日本に帰国して、いまは私自身のパレットをつくっているところです」。そう口にした後、現在目にしている色彩についても楽しげに語ってくれました。日々の暮らしのなかで接しているさまざまな色彩も、石本さんの色のパレットには生かされていきます。「愛媛にはこんなに多くの花の種類があるのか、と、そのことに最近気づいたんです。そして、いろんな色がありますね。子どもの頃には気づかなかったことです」
Photo by Chikako Harada
次回につづく
タイトル下の写真:© Chikako Harada、
草花のレリーフ2011年の撮影。
文:川上典李子
川上典李子(かわかみのりこ) ジャーナリスト。デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立、デザイナーやアーティストの取材を続け、デザイン誌をはじめ「Pen」「Figaro Japon」「Vogue」等にも執筆。2007年より21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクターとしてデザイン展覧会の企画にも関わっている。武蔵野美術大学 客員教授。
Photo: Kenichi Yamaguchi