石本藤雄講演録「マリメッコでのテキスタイルデザインを語る」1

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石本藤雄講演録「マリメッコでのテキスタイルデザインを語る」1

石本藤雄の故郷・愛媛県砥部(とべ)町は、砥部焼の産地になります。この故郷の地で、2022年4月22日に石本藤雄と砥部焼の窯元の方々との交流会が開催されました(主催:愛媛県、場所:愛媛県窯業技術センター)。
会の中で、石本藤雄がマリメッコのテキスタイルデザイナー時代に手がけた多数のデザインの中から特徴的なものを数点選び、貴重なエピソードを語りました。そのスピーチをお届けします。

マリメッコに可能性を感じて

こういう場に立つのは慣れていないので、どうなるか分かりませんけど、よろしくお願いします。今日は、僕が、マリメッコの仕事として、どのようなことをしたのか、お見せしたいと思います。

マリメッコというのは、今日お持ちした140cmぐらいの幅の布、こういうファブリックを商品としてつくっていた会社です。今、お見せしているデザインは全部、マイヤ・イソラさんのもの。マリメッコの初期から、そのイメージをつくられた方です。だから、マリメッコとしては、筆で書いたようなデザインが、1961年に既にあった訳です。

『MAIJA ISOLA』(p42)より、Silkkikuikka

実は、1974年に僕自身がマリメッコに入って、いろんなデザインを提案している時に、筆の表現をアイデアとして出したのですよ。それが、マイヤ・イソラさんが過去にデザインしたものに何か共通するものがあるということで、僕のデザインも認めてくれたのです。それがSumoですね。

Sumo(1977)

次にお見せしているものもマイヤ・イソラさんのデザインで、スラブ系の民族衣装にある柄を取り上げて、シルクプリント柄にしたものです。これは僕自身、日本にいるときからすごく、興味を持っていまして、フィンランドに行ってからは、冬のコートの裏地にこれを貼ってみました。自分としては、このデザインをかっこいいなと思ったのですね。

『MAIJA ISOLA』(p48-49)より、Fandango

それと、あとこういった60年代の大胆な抽象画ですね。これもマイヤ・イソラさんのデザインです。その中に、今は世界中で見かけるウニッコっていう柄、もう一つはこういった抽象的なものですね。

Unikkoのデザインを手に語る石本さん

そういった、いわゆるテキスタイル、繊維業界の中で、マリメッコというのは、すごく特殊な会社だったと思います。こういうものを認めて、商品にしてくれる会社というのはやっぱり面白いのではないだろうか。それで、世界旅行でフィンランドに行った時、マリメッコを訪ねたのです。

未経験からテキスタイルデザイナーに

日本を出て、まあ3ヶ月ぐらいは世界を方々ぶらぶらしていました。それでやっぱりマリメッコで働きたいなと思って、フィンランドに行ったんですけど、その時点まで、テキスタイルデザインというのを、僕は、やったことがなかったんです。日本では、繊維問屋でグラフィックの仕事をしていましたが、テキスタイルデザインそのものはやっていない。でも、宣伝課の隣の部屋にテキスタイルデザイナー達がいたわけで、だからそれほどかけ離れたものとは感じていなかった。そういった仕事の経験の後で、自分が一度もやったことのない、テキスタイルのデザインをしたいということでマリメッコを訪ねたのです。

それで、もちろんすぐには入れなかった。けれど、マリメッコの姉妹会社で、雑貨をデザインして販売している会社(ディッセンブレ)に、一応デザイナーとして採用されることに。そこに3年か4年ほどいました。その間、毎年一度、マリメッコにデザインを提案することが認められていたんです。1年に一度なんですけど、3度目に、企画の段階から、こういったものでデザインも考えたいっていうので、話を持っていったものが採用されました。

⚫︎Kuja
そうして、初めてデザインしたのがKuja。ポーランドにザリピエという村があるんですよ。そこでは、みんな家の壁に、すごく大胆に花模様を描いているのです。その模様は、いわゆる歴史的な民族衣装や民俗的なものではなくて、自由に花をテーマにしたもので、その村の女性達が描いているわけです。それにすごく興味を持って、実際に行ってみました。見学のためにポーランドまで、ヘルシンキからバルト海を船で2晩ぐらいかけて。それで、あの村の鶏はこう走っているとか、そういう風景を思い出してデザインしたものがKujaです。
 

Kuja(1976)


講演録②につづく>>
KukkaketoやTaigaなどの名作が登場します。(6月9日公開予定)

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