石本藤雄と日々の暮らし 3(東京~世界旅行篇)

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石本藤雄と日々の暮らし 3(東京~世界旅行篇)

東京 — フィンランドデザインとの出会い、 そして世界一周の旅へ

専攻したグラフィックデザインはもちろん、プロダクトデザインや金工、染織、木工、漆芸、陶芸など、幅広く学ぶことのできた東京藝術大学の工芸科に通いながら、雑誌を通して海外のデザインにも触れていた大学時代。フィンランドのデザインを直に目にして鮮烈な印象を持ったのは卒業してすぐ、1960年代半ばのことでした。

「日本橋にあった百貨店で行われていた展示で、パンジーの花を多数描いたビルガー・カイピアイネンの陶芸作品もこのとき知りました。ティモ・サルパネヴァが手がけた会場構成は白いオーガンジーで天井から床までを覆うというもので、北欧の雪景色だろうか、それとも白夜はこんな風なのだろうか、と思ったことを今でもよく覚えています」

マリメッコのファブリックを手にとることができたのは、フィンランドから東京に赴任していた夫妻の家や、銀座にあったヘルシンキの家具メーカーのショップでした。マリメッコを語る上で欠かせないマイヤ・イソラのデザインではメロンを表現した「メローニ」のほか、かもめという名の「ロッキ」も「いいなあ」と思ったそう。弓のような曲線が描かれた「セイレーニ」も心に響いたそうです。

1964年にマイヤ・イソラによって描かれた“セイレーニ”。マリアンネ・アーヴ編著 / 和田侑子訳(2013)『マリメッコのすべて』p234, DU BOOKS

世界のデザインへの好奇心とともに北欧デザインの息吹を吸収していた大学時代。「時間があれば大学近くの美術館や博物館に通い、日本の美術に触れる時間も楽しんでいた」という石本さん。就職したのは繊維製品の商社である市田で、夢でもあったグラフィックデザイナーに。ポスターやビジュアルブック、展示会場や店舗デザインなど広く任され、才能を発揮していきました。

©Fujiwo Ishimoto 東京藝術大学在学中に染色の課題で手がけた”ろうけつ染め”。石本さんの最初のテキスタイルで、植物を描いた。スカンジナビアデザインへの関心がうかがえる作品。

「呉服の担当となって日本の伝統文化を改めて一から学んだのも、このときでした」と石本さん。ショップのデザインでは、たたみや小上がりなど日本の伝統を生かしながら、現代的な木製パーティションを組み合わせたものも。天井にはイサム・ノグチの「あかり」を下げ、格子ごしに光を感じる美しい空間でした。

アルヴァ・アアルトの建築をはじめ北欧の建築やデザインに興味を抱いていた石本さんらしく洋の東西の空気がとけあう店舗空間はまたたく間に評判となり、多くのお客様が訪れることに。「前橋のお店でした。店長さんが、お礼に、と食事の会を開いてくれたのですが、利根川の鮎、おいしかったですね」

©Fujiwo Ishimoto 市田時代の1960年代後半に手がけた小紋の反物を紹介するウィンドウ・ディスプレイ。切り込みから差し込む光と幻想的な色彩。「トルコのカッパドキアのイメージがありました」

デザイナーとして多忙な日々を過ごしていた石本さんが国外への旅を計画したのは、1970年。海外一周旅行から帰国した会社の先輩の話を耳にして刺激をうけ、退職金のほか愛車などを販売して旅費を準備、世界一周の航空券を手にしたのでした。経路は決まっていましたが、各国間を移動するフライト日を予め決めることはせず、帰国日もあえて未定のまま出発するという潔さでした。

8月、最初の目的地であるアメリカに向かい、サンフランシスコとロサンゼルスに滞在した後、ニューヨークには1か月以上滞在。
さらにカナダ、モントリオールを経てヨーロッパに向かったのは9月末のことでした。目に飛び込んできたのは、真っ赤なバス、ピンクのゴミ袋……。街を包む熱気を全身で浴びた後、次に向かったのはデンマーク。このとき旅はすでに3か月目に。

©Fujiwo Ishimoto 1970年夏、ニューヨーク・プッシュピンスタジオ訪問の後。ミルトン・グレイザー作のポスターを手に。

「コペンハーゲンの通りは落ち葉に覆われ、冷たい雨が降る晩秋になっていました。そうしたなか、デザインショップのフォーム・オ・ファームでマリメッコのテキスタイルに再会したのです。日本で準備してきた所持金も底をつき始めてはいましたが、このままヨーロッパに留まりたい、マリメッコのデザイナーとして働きたい、と強く思いました」

©Fujiwo Ishimoto 1970年夏、ニューヨーク・デザインリサーチの店内にて。マリメッコのコーナーを撮影した一枚。

次回につづく

タイトル下の写真: ©Fujiwo Ishimoto 1963年、東京芸術大学在学中にエディトリアルの課題で手がけたイラストレーション。

文:川上典李子
川上典李子(かわかみのりこ) ジャーナリスト。デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立、デザイナーやアーティストの取材を続け、デザイン誌をはじめ「Pen」「Figaro Japon」「Vogue」等にも執筆。2007年より21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクターとしてデザイン展覧会の企画にも関わっている。武蔵野美術大学 客員教授。

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Photo: Kenichi Yamaguchi

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