石本藤雄と日々の暮らし 6(アラビア篇)

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石本藤雄と日々の暮らし 6(アラビア篇)

フィンランド、アラビアで始まった陶の作品制作

マリメッコのデザイナーとして活躍していた石本さんが陶芸の道に進んだのは、1980年代後半のこと。マリメッコを半年間休職してアラビア社(アラビア窯)のアート部門に客員作家として所属したことが、土を素材とする表現活動の第一歩となりました。

「焼物をやってみたい、土でできるテクスチャーを学んでみたいという気持が次第に大きくなっていきました。大学時代に陶芸の授業もありましたが、卒業後に一から作品に取り組んだのは初めてのことです。なかでも釉薬の特色を学びたい一心で、週末もアラビアの工房で過ごしていました」

雪に包まれたアラビアの建物。(Photo by Fujiwo Ishimoto)

アラビアでの制作を始めたばかりの1989年10月、ろくろに挑戦する石本さん。 (Courtesy of Fujiwo Ishimoto)

世界の名だたる陶芸作家が所属してきたアラビアのアート部門。石本さんがかつて作品を目にして感銘を受けたフィンランドの巨匠、ビルガー・カイピアイネン(1915年〜1988年)も同部門の作家のひとりでした。各自の表現世界を探求する専門家たちのアドバイスを得ることのできる何とも恵まれた環境ですが、テキスタイルとはまた異なる世界のこと、試行錯誤が続きます。

客員作家の期間はあっという間に過ぎ、さらに半年間、アラビアでの制作を続けることに。そして、その一年で大きな作品に挑んでいたというのも石本さんらしいところです。「ぶっかけ」と呼ばれる技法で色とりどりの釉薬が豪快に配された直径40センチほどの蓋ものや、日本の民藝で目にできる流し掛けの表情さながらの線が特色の全長80センチの長皿など、躍動感溢れる作品が誕生しています。

1990年、最初の個展で発表したケシの花を描いた大皿。(Photo by Fujiwo Ishimoto)

その後も陶芸での探究は続き、1990年には美術財団の奨学制度を得て、アメリカ ネブラスカ州へ。オマハで陶の巨大な作品を手がける作家、金子 潤さんのもとでさらに陶の表現を学んだ石本さん。滞在中にはテキスタイルのデザインも行い、布と陶、双方の作品制作に没頭していました。

ヘルシンキに帰国してマリメッコの仕事に戻った後も、1年のうち1か月はアラビアで作陶できる機会をマリメッコが設けてくれました。石本さんの才能をマリメッコとアラビアの双方が高く期待していたことの表われです。それまで以上に制作に熱が込められていくなか、1994年、フィンランドのすぐれたデザイナーに授与される「カイ・フランク賞」が石本さんに贈られました。功績を広く伝える個展がヘルシンキ市内で開催され、多くの人びとが石本作品の魅力を堪能しました。

 

1991年3月、アメリカ、オマハ滞在中に制作した作品の数々。(Photo by Fujiwo Ishimoto)

1999 年にはアラビア・ミュージアムギャラリーでの個展も開催されています。このときの作品テーマは「Nietos(ニエトス)」、風に舞った雪が地面に落ちる際に生まれる吹きだまりを意味することばです。このときの作品には、折り紙を折ったような陰影の表現や、正月の餅でつくるかき餅といったモチーフも。このように、陶の作品にも日本での幼少時代の記憶がしばしば顔を出しています。

1999年の「ニエトス」展では、折り紙などをモチーフとする作品を披露。(Photo by Fujiwo Ishimoto)

石本作品として知られるレリーフ状の花の作品が初めて披露されたのは2000年、フィンランドの湖水地方の鍾乳洞を会場として毎年夏に催される展示会にアラビアのメンバーと一緒に参加した際のことです。白い石が敷き詰められた会場出口の小道に「石切り場」と題した直方体で重厚な作品を配置した石本さん。そのうえで「雰囲気を少しやわらげたい」とレリーフ状のバラの花を制作、展示したのでした。後に「壁のバラ」と名づけられることになった同作品を機に、石本さんは個性にあふれた、魅力的な草花を世に送り出すことになります。

2000年8月、最初に手がけた花のレリーフ、バラの花。(Photo by Fujiwo Ishimoto)

タイトル下の写真:© Chikako Harada、アラビア アート部門での石本さん。2011年の撮影。

次回につづく
 

文:川上典李子
川上典李子(かわかみのりこ) ジャーナリスト。デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立、デザイナーやアーティストの取材を続け、デザイン誌をはじめ「Pen」「Figaro Japon」「Vogue」等にも執筆。2007年より21_21 DESIGN SIGHT アソシエイトディレクターとしてデザイン展覧会の企画にも関わっている。武蔵野美術大学 客員教授。

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Photo: Kenichi Yamaguchi

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